ヒステリー研究 上 (ちくま学芸文庫)
ヨーゼフ・ブロイヤー筑摩書房
筑摩書房
本書はフロイトが精神分析成立以前にブロイヤーと共に出版したもので
ある。精神分析という言葉がまだなかった時期であり、精神分析的ではな
いところが多数見られるが、フロイト(とブロイヤー)の思考プロセスや
その時期に考えていたことを垣間見ることができる。
たとえば治療技法でフロイトは催眠術や前額法を使用している。さらに
、患者さんに宿題を出したり、暗示を与えたり、本当に様々なことをして
いる。それだけヒステリーというものが解明されておらず、治療技法も確
立されてなかったので、効果がありそうなことは何でも試していたという
ことなのだろう。
しかし、本書のいたるところに今後の精神分析に至る小さな卵が散見さ
れるところもある。フロイトも様々な方法を試しながら、少しずつみえて
きたのだろう。
ジャネやシャルコーと同じように催眠をフロイトも用いているが、ジャ
ネ・シャルコーは治るような暗示を患者さんに与えているのに対して、フ
ロイトは催眠下において過去の外傷を想起させることで治療しようとして
いる。これは後の精神分析において抵抗や転移を発見し、それを除去し、
外傷の再体験や想起をすることで治癒するという治療モデルの前身という
ことができる。
さらに、ブロイヤーの症例であるアンナ・Oの語ることによるカタルシ
スの効果は後の自由連想法に発展していく原点であると言うこともできる。
精神分析というのは一夜にして出来たものではなく、フロイトの長い研
究と臨床の中で徐々に形作られたものである。さらに一度形作られたもの
が解体され、新たに再構成されていったり、改訂されていったりした歴史
的な流れのあるものである。
なので、このようにフロイトの初期の症例や研究、技法を知ることによ
って、どのように精神分析ができたのか、そして、精神分析の各理論や技
法にはどのような意味があるのかを本質的に理解していくことができるの
である。
ある。精神分析という言葉がまだなかった時期であり、精神分析的ではな
いところが多数見られるが、フロイト(とブロイヤー)の思考プロセスや
その時期に考えていたことを垣間見ることができる。
たとえば治療技法でフロイトは催眠術や前額法を使用している。さらに
、患者さんに宿題を出したり、暗示を与えたり、本当に様々なことをして
いる。それだけヒステリーというものが解明されておらず、治療技法も確
立されてなかったので、効果がありそうなことは何でも試していたという
ことなのだろう。
しかし、本書のいたるところに今後の精神分析に至る小さな卵が散見さ
れるところもある。フロイトも様々な方法を試しながら、少しずつみえて
きたのだろう。
ジャネやシャルコーと同じように催眠をフロイトも用いているが、ジャ
ネ・シャルコーは治るような暗示を患者さんに与えているのに対して、フ
ロイトは催眠下において過去の外傷を想起させることで治療しようとして
いる。これは後の精神分析において抵抗や転移を発見し、それを除去し、
外傷の再体験や想起をすることで治癒するという治療モデルの前身という
ことができる。
さらに、ブロイヤーの症例であるアンナ・Oの語ることによるカタルシ
スの効果は後の自由連想法に発展していく原点であると言うこともできる。
精神分析というのは一夜にして出来たものではなく、フロイトの長い研
究と臨床の中で徐々に形作られたものである。さらに一度形作られたもの
が解体され、新たに再構成されていったり、改訂されていったりした歴史
的な流れのあるものである。
なので、このようにフロイトの初期の症例や研究、技法を知ることによ
って、どのように精神分析ができたのか、そして、精神分析の各理論や技
法にはどのような意味があるのかを本質的に理解していくことができるの
である。
文明の衝突という欺瞞
マルク・クレポン新評論
新評論
¥ 1,995
通常4~6日以内に発送
既に書いておられる方もいるようだがハンチントン批判の書。ハンチントンは「われわれから見れば」文明の衝突論で
9・11予言してみせたように「見える」。
だがハンチントン自身は9・11を文明の衝突とは見なしていない。だが・・・かつてハンチントンを
批判した人たちが手のひらを返して9・11を文明の衝突と「みなして」ハンチントンを評価しなおした経緯がある。
その点からいってこのクレポンの書物はハンチントンに対する批判ではなく、巷に流布する「ハンチントンのイメィジ」批判
と言えるだろう。その点では間違っていないがハンチントン自身には迷惑な話であろう。
そこを考慮すればよく理解できるだろう。
ハンチントンは文明学者トインビーの影響を受けておりそのトインビーと日本のトインビー学者山本新を併読すれば理解が深まると思われる。
9・11予言してみせたように「見える」。
だがハンチントン自身は9・11を文明の衝突とは見なしていない。だが・・・かつてハンチントンを
批判した人たちが手のひらを返して9・11を文明の衝突と「みなして」ハンチントンを評価しなおした経緯がある。
その点からいってこのクレポンの書物はハンチントンに対する批判ではなく、巷に流布する「ハンチントンのイメィジ」批判
と言えるだろう。その点では間違っていないがハンチントン自身には迷惑な話であろう。
そこを考慮すればよく理解できるだろう。
ハンチントンは文明学者トインビーの影響を受けておりそのトインビーと日本のトインビー学者山本新を併読すれば理解が深まると思われる。
テアイテトス (ちくま学芸文庫)
プラトン筑摩書房
筑摩書房
この新訳で『テアイテトス』を読み返した。まだ「哲学」という学問が存在せず、哲学的な術語もない状態で、プラトンが「知識の本性」をめぐって格闘する、その原初の「生々しさ」にあらためて圧倒された。デカルト以降の精緻で洗練された認識論は、20世紀には科学と連続する「自然化された認識論」が提唱されるに至った。しかしプラトン以前には、鏡に像が映るような自然の事実とは区別される「認識の真理」は、まだ意識されてもいない。プロタゴラスの相対主義も、ヘラクレイトス的な「流れ」と一体のものとしてあり、「偽の判断」をめぐる難問も、外界の印象を刻印する蜜蝋や、様々な鳥が中を飛び交う鳩小屋という比喩で語られる。まだ「もの」の言葉でしか「心」の分析ができないのだ。この乏しい道具立てで哲学を見事に「立ち上げる」プラトンの偉業。夜空に熱中したタレスは溝に落ちて女中に笑われた。そのタレスをソクラテスは「知恵を愛する人」「自由な人」と重ね合わせて熱烈に弁護する(174e~)。この火を吐くような数頁から、ソクラテスという哲学者から哲学を自立させようと苦闘したプラトンの、呻きのような肉声が聞こえる。翻訳はやや硬い日本語だが、もともとの議論が不自由でゴツゴツしていることも事実。最新の研究をふまえた詳細な訳註が素晴らしい。
聖なるものと〈永遠回帰〉
湯浅 博雄筑摩書房
筑摩書房
自分としてはこの本を通じてバタイユの思想にはまるきっかけとなった大変思い出深い本。だが今読み直してみても、文章が冗長で読みづらく、論理の運びもけして明快ではない。風呂敷を広げすぎてたためなくなった感も否めない。プルーストの『失われた時を求めて』が読了済であることを前提に話を進めるのも、ハードルをあまりにも高くしすぎている。それでもバタイユ・ブランショ・デリダを基底に、独自の「聖なる経験」に関する主張を固めていっているようには思える。
☆2つか3つかで迷ったが、思い出点で3つにさせてもらうことにする。
☆2つか3つかで迷ったが、思い出点で3つにさせてもらうことにする。